2016年10月1日土曜日

意見を言えない子どもと私

 自分の意見をはっきり言いなさい。
 教師が多く口にする言葉だ。ところが子どもは、自分の意見がわからなかったり、賛成されなくて傷つくのが嫌だったりと意見をつぶやくことさえ難しい。
 そんな子どもたちにアサーション・トレーニングを実施することもあるが、子どもたちの気持ちは痛いほどわかる。私自身が意見を言えない大人だったからである。
 新卒教員だった頃、職場の同僚数名と珍しく昼食をとりに出かけた。給料日前の財布の中には2000円弱の現金。高級料亭にでも行かない限り、一人分のランチには間に合う金額だ。
 向かった先は回転寿司。値段によって皿の色が違うタイプ。所持金を計算しながら、皿を選ぶ。1番安い100円の皿だけでは何となく恥ずかしい。200円の皿も交えつつ、周囲の先生方とそう遜色のない皿のタワーが積み上げられていく。順調に食事は進む。
 そのときアクシデントが起こった。同僚の先輩女性教師が、「このお寿司美味しい。食べてみて」と1貫自分で食べ、残りの1貫の皿を差し出す。
「あ、いただきます」と皿を受け取り、口にする。
「あ、おいしいですね」と言ってから首をかしげた。
(この皿はどうすればいい!?)
 皿をくれた先輩は何事もなかったように、次の寿司を頬張っている。助け舟を出してくれる同僚もいない。
 自分の意見をはっきり言うことの難しさを噛みしめつつ、そっと自分自身のタワーの上に一際輝く皿を積み重ねた。内気なフレッシュマンに何が出来ると言うのか。
 しかし、それがきっかけでふっきれた。自分の財布の極限まで攻めた。おそらく財布に残る金額は、道端に落ちていたとしても小学生も拾わない。
 産油国の新興都市の高層ビル群のようにテーブルにはタワーが立ち並ぶ。
 難局を乗り切った自分自身を心の中で褒めながらレジに並ぶ。しかしその時同僚教師の衝撃的な言葉を耳にした。
「割り勘にしようぜ」
 結局私は一番親切にしてくれていた同僚からお金を借りた。
 今、アサーション・トレーニングを実施するのは、あの時の悲劇を繰り返さないためなのかもしれない。そんな私も今ではセミナーでは90分位べらべらと喋り続ける。それはパワーポイントのおかげだ。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」に普段は極度に内気なのにバイクに乗ると強気になる警察官が出てくる。私にとってのバイクはパワーポイントなのだ。
自分の意見を言うためには、技術だけでなく、どうしても伝えたいくらい好きなことや自信が持てる武器が必要なのだと思う。最後にこの場を借りて言わせてください。
「お皿戻していいですか?」 
                  (千葉孝司)

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