2017年8月21日月曜日

問い続けることが、生きることにつながる?

今年のサマーセミナー(7/31~8/1)には、完全に裏方役として参加しました。
チョコマカ動いていないといられない性分に加え、力はないけど、参加者のみなさんと一緒にいろいろ考えてみたい、私のような者にはありがたい立場です。

今回、オープニング・クロージングをお願いした元木一喜さんの場づくりを通して、参加者のみなさんの思考がぐっと深まっていく様子に目を見張りました。
「物に語らせる」という考え方に興味をもって取り組むうちに、スモールステップで徐々に深い問いへと誘われていきました。
模造紙やホワイトボードや、ファシリテーショングラフィックに向き合って話し合う手立ては、いろいろな方が提唱しています。拙いながら私も真似させていただくことで、人と人とが正面から向き合うよりも話すことに抵抗感が少なく、かつ思考したことが目に見えるため分かりやすくなります。
元木さんの場づくりにも、そんな仕掛けが意図されているのだろうな、と考えました。

会の最中も、時折、元木さんと物を介した話し合いをしていました。
頭の中で様々な階層ができ、整理が付かないときはとてもモヤモヤします。でも、モヤモヤを何とか言葉にすることで何となくモヤモヤの正体と向き合い、これから問うべきことと思われる何かが見えてきます。
自ずと自らの教室での在り方に問題意識が向きますから、それはそれは苦しい過程でした。

思えば、昨年度に地元で立ち上げた「教育の実践交流サークル」の場でも、活用してくださる方との話し合いや、一人での沈思黙考を通して様々なモヤモヤと向き合ってきました。自然とそういう場を欲していたのだと思います。サマーセミナーは私にとって、改めてその大切さを感じる機会となりました。

以前、『たった一つを変えるだけ』という本に出会いました。
問いは教師が与えるものという考えから脱皮し、子どもたちと共に考えるもの、という考えに触れました。
それから、少しだけ授業の構成を変えました。
でも、まだ知識技能レベルの問いに留まっていると感じています。
知ったこと・出来るようになったことを生かして考えられる問いを作り、考え続ける。
それこそが、子どもたちが実際に使える力を付けることになるのだろうと考えています。

問い続けることが、生きることにつながる。

そんな気がします。

まだよく分かりません。

これからも問い続けます。
(斎藤佳太)

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