2014年9月13日土曜日

未来への指針

このところフェイスブックでかつての教え子から友達申請されることが多くなってきた。彼らの投稿は「彼氏とデートです」とか「結婚しました!」とか「子どもが生まれました!」とか幸せな報告が多いのも特徴だ。

僕は今年度、教員生活23年目を迎えるけど、振り出しは小学校だったから最初に受け持った5年生はいまは33歳ぐらい。それからついこの春に送り出した高1の16歳まで、教え子の年齢を数えてみると自分も結構年を取ったなと感じてしまう。同時に、当時は辛かった出来事もそのほとんどが思い出として美化されてしまうから不思議なものだ。

今年の夏に、振り出しの小学校の小さなOB会に招かれて19年ぶりに行ってきた。空知の北の果てにある小さな町の小学校はつい最近新築したばかりで、現代的で開放的なつくりとなっていて驚いた。僕が勤務していた頃は校舎内に畑があって(プランターではない!)、天窓に向かってひまわりが咲いていたり、池があって(水槽ではない!)、鯉が何匹も悠々と泳いでいたりと、それはそれで斬新的なつくりではあった。それに、冬は冬で毎日2回は雪かきしないと家が埋もれてしまうような豪雪地帯でもあった。

そんななかで3年間小学校教師として勤めてきた経験が、その後の僕に少なからずいい影響を及ぼしている。ちょっと生意気な6年生と、何色にも染まっていない1年生の両方を担任できたことが、それから先中学校教師を続けていく上での指針になっているというわけだ。そして、新卒の時にお世話になった同僚の先生をはじめ、その後田舎から都会へと転勤する先々で、僕は必ず「なんか温かいなぁ」「自分が年を取ったらこんな先生もいいなぁ」と思える同僚教師に数多く巡りあえたことも、自分の成長にとってはとても大きいと言える。

翻って、ふと思うことがある。今の自分は若い教師にそうした思いを抱かせるような存在となり得ているのだろうか。あるいは、目の前の子どもたちが何年か後に、「中学校時代はとっても楽しかった」と言えるような毎日を僕は果たして提供できているのだろうか、と。結論としては、胸を張れるほどのことを、僕は何もしていないということだけは言える。

ただ、こうした今の自分を振り返るような僕の発信に対し、「いいね!」や「コメント」を添えてくれる教え子たちの存在は、これから先の僕の教職人生に新たな指針を与えてくれるような気がしているのもまた正直な気もちである。
(山下 幸)

2014年9月3日水曜日

休み時間の職員室

今年、担任を外れました。
昨年までは休み時間は必ず子どもと一緒にいたので、寂しい毎日です。
そんなある日の中休み、職員室での教頭との会話です。

山本:「教頭先生、たいへんです。」
教頭:「何かあったかい?」
山本:「もう中休みに入っているのに、先生方が戻ってきません!」
教頭:「あぁ~、ホントだね。誰もいないねぇ。」
山本:「職員室、避けられてるんですかね(苦笑)」
教頭:「最近、先生たち、休み時間に子どもと遊んだり、勉強みたりしてる人、多いみたいだよ。」



山本:「そうだったんですね。」(ホッ
教頭:「子どもの素の姿や人間関係を観察するのに休み時間は大事だよね。」
山本:「その通りです。」
教頭:「休み時間に子どもと先生が楽しく遊んだり、おしゃべりしたりしたりする中で、子どもたちとの信頼関係って深められるものだよね。」
山本:「いつも一緒にいると話しやすい人間関係が作れますものね。」
教頭:「それに、教師が間に入ることで子どもたち同士のつながりを深めることもできるんだよね。そんなことあったでしょ?」
山本:「遊びの中でこそ伝えられることってたくさんありますよね。」
教頭:「ルールや我慢の大事さなんて、教師がガキ大将になって伝えればいいんだよ。『○○そこズルするなっ!』とか、『△△、そんなことで泣くんじゃない!』みたいにね。」
山本:「ホント、その通りですよね!(笑)」
教頭:「だから、先生方はどんどん遊ぶといいよね。」
山本:「でも、たまには職員室に戻って休んでもいいですよね。」
教頭:「そうだね。寂しいしね(笑)。」


休み時間をどう使うのか。
もちろん、いつも子どもと一緒にとはいかないでしょうし、一年の中での関わり方の軽重(徐々に子どもたちだけで遊べるように)もあるでしょう。
ただ、この時間をどう使うか(使っているか)というところに教師としての有り様が表れていると思います。
今日は少し意図的に休み時間を過ごしてみませんか?

追伸
最近はあまりにあちこちで暇だ暇だと言っていたら、休み時間に子どもたちが遊びに誘ってくれるようになりました。(笑)

(山本和彦)

2014年9月2日火曜日

やってみせ・・・

初任校の校長室に山本五十六氏の言葉が掲げてありました。
「やってみせ、言って聞かせて、させてみせ、ほめてやらねば、人は動かじ。」
以来30年、できるだけ生徒には「やってみせ」てきたつもりです。以下の作文は、1学期の意見文指導でやってみせた作文です。

                    人生の主役をかっこよく演じよう

 先日、薬師寺の僧侶・大谷徹奘(てつじよう)氏のお話を拝聴する機会があった。話のうまさと中味の面白さに時を忘れ吸い込まれていった。40分の話が10分くらいに感じたほどだった。 そのお話の中で心に残った言葉がいくつもあった。特に、『面倒』という言葉。大谷氏は、学生時代の友達との話でわかりやすく教えてくださった。中学・高校と同じ教室で同じ先生に同じ時間だけ教わったはずなのに、返された数学のテストの点はというと、自分が9点、友達が100点だったという話だ。なぜ、同じ環境に置かれていたのに、こんなにも差が生まれたのか。大谷氏は考える。そしてそこではたと気づく。自分が心の中でいつも使っていた言葉があった。それが『面倒』という言葉だ。数学の時間、自分は面白くないのでいつも面(顔)を倒していた。ふと友達を見ると、目を輝かせて先生の話を聞いている。暫し愕然となる。こんな時、面倒くさがりは、やる気のある人を馬鹿にする。 「サイン・コサイン、あんなこと覚えたって社会に出たら何の役にも立たないのに、なに一生懸命やってんだよ。」しかし、その結果は、9点と100点。動かしようのない事実だ。このことから大谷氏は、

 「命を運ぶで 運命 
  その運転手は 自分」


という詩を創る。人生を面白くするのも自分。つまらなくするのも自分。私も、周りの人に楽しくしてもらったり、環境によって面白くなるものだと思っていた。しかし、大谷氏のお話を聞いて、それは間違いだと気づいた。
 私の前任校では、総合的な学習の時間に『ミュージカル』に取り組んでいた。毎年生徒全員で、キャスト・照明・音楽・舞台グループに分かれて約半年間取り組む。学校祭での発表に向けて、全校が一つにまとまって取り組む大切な行事である。当然キャストは脚光を浴び、達成感も半端ではない。感動して涙を流す生徒も多くいた。しかし、裏方はついぞライトを浴びることはない。常に舞台裏でキャストを輝かせることに全力を傾ける。完全なる縁の下の力持ちだ。ミュージカル上演の後、校長先生はこうおっしゃられた。
 「この舞台の主役は○○さん。でも、脇役の皆さんも裏方さんも、自分の人生ではみんな主役なんです。自分の人生の主人公は自分なのです。だから、かっこよく生きていってください。自分を磨いて、人のためにその力を使うのです。そして、男子は、主演男優賞女子は主演女優賞を受賞できるようにね。審査員は・・・、もちろん神様です。」
 この言葉で、ぱっと心が明るくなった。私は誰かが目立っていたり、いい成績を取っていたりすると、心の中で、羨ましいなぁといつも思っていた。そして、なんて自分はちっぽけなんだろうと落ち込むことが多くあった。しかし、自分の人生の中では、自分が主役という言葉を聞いて、みるみるやる気が沸いてきた。どんなに隣の人が輝いていても私の人生にとってその人は脇役なのだ。私の人生を彩る一つの風景にすぎないのだ。だから僻むことも羨むこともなく、自分の人生の主役をかっこよく演じていけばいいのだ。全力で自分を磨いて高めていこう。同時に、隣の人の人生では、私は脇役。精一杯名脇役を演じていきたい。
 今回大谷氏のお話を聞いて、思い通りに行かない自分の人生を、面を上げて面白く生きていこうと思った。どんなことでも、捉え方を変えていけば、また明るい解釈をしていけば、面白い人生になる。かのランディ・バウシュ氏も言っている。「現実は変えられません。だから受け取り方を変えるのです。」私も人生の運転手として、自分の人生を精一杯楽しく面白く生きていこうと思う。


 尚、最近知ったのですが、「やってみせ・・・」には続きがあるそうです。

  話し合い、耳を傾け、承認し、任せてやらねば、人は育たず。
 やっている、姿を感謝で見守って、信頼せねば、人は実らず。

2014年8月24日日曜日

町に飛び込んで子どもの姿を知る

 学校の地域にあるお店とか祭りが好きで、前任校では保護者がやっているお寿司屋さんや理髪店にたびたび行っていました。そこで地域お祭へ誘われ、一緒に練り歩いて太鼓を叩いたりしているうちにすっかり祭りにハマってしまいました。そうしてできた地元の人と交流の中で、地域の成り立ちや街の様子などをたくさん伺うことができました。

 学校の中にいただけではわかりにくい「地域の様子」を知ることは、子どもたちの生活のバックグラウンドを知ることにつながりました。前任校は昔からある商店街にありましたので、町の人たちが近所の子ども達の遊ぶ様子をそれとなくみていたり、祭りの準備を通して年長の子が小さな子の面倒をみる習慣があることもそこで初めて気がつきました。現任校の地域のお祭も来月にあります。準備会に参加することで、町の今昔をたくさん聞くことができました。

 子どもたちの生活は学校だけでなく、地域の中にもあります。当たり前のことかもしれませんが、そのことに気がつくのにずいぶん時間がかかったように思います。地域や家庭といった、子どもたちのバックグラウンドにあるものに気がつくことで、子どもたちへの関わり方もちょっと変わったかな……と思っています。

 子どもたちのバックグラウンドを知る手段は色々あると思います。私は自分なりに見つけた方法が、大好きな祭りに参加するという方法でした。祭りに参加することで、地域の人からは喜ばれ、自分も楽しく、何故か管理職も喜ぶ、というオマケ付きでした。

(増澤 友志)

2014年7月31日木曜日

通信は毎日出さないとダメですか?

私が現在の学校に赴任して6年目となる。

その間,教育実習生を指導する立場や
初任者と一緒にブロックを組んだ際に
その都度言われた言葉である。

「通信は毎日出さないとダメですか?」

私が6年生,初任者が5年生という
高学年ブロックを持った時のこと。
(本校は各学年1クラスの規模です)

初任者の受け持っている5年生は
私が2年間受け持ってきたクラスで
私は当然のように毎日通信を出していた。
(この時は,年間で210号まで出した)
初任者は初めての参観日終了後の学級懇談会で
「先生,通信は毎日出してもらえないのですか?」
と言われたらしい。
そこで上記のことを私に聞いてきたのである。

私は,初任者に「毎日出さなくてもいい」という話をした。
すると初任者は「そうですか」と言ってその話は終わった。
今思えば学級通信の果たす役割について
初任者が納得するまで相談に乗ってあげればよかったと反省している。

私は通信の様々な機能を活用しながら学級づくりをしている。
(学級通信が学級づくりの1要素を担っているぐらいかな?)

決まったことを掲載しておく備忘録機能
学級の様子を家庭に伝える伝達機能
担任の思いや願いを伝えたり
写真を順番に掲載に成長の足跡を整理したり
作品や作文などを掲載することだってできる。

学級通信は毎日出すことが「義務」ではないので
「出さなくてもいい」が「できることなら出したほうがいい」と私は考える。
学校から情報がない限り保護者が子どもたちの様子を知る機会が激減する。
子どもたちの様子を説明する責任を果たす意味でも「定期刊行」が重要だと思う。

そんなことを考えながら2学期の始業式に配布する
今年度の学級通信「No,90」を書きながら。
(木下 尊徳)

2014年7月30日水曜日

町の図書館を訪問すること

この春、異動をしました。
新しい勤務先は日本海に浮かぶ離島、奥尻島の小学校です。
4年生の担任になりました。

私の場合、新しい町に着任してまずやることの一つに「町の図書館を訪問すること」があります。
図書館の中をゆっくり見せてもらって、簡単に自己紹介をし、何冊か本を借りる…というだけですが、図書館とのつながりをつくることは、教師として、また一人の町民として大切なことだと感じます。

この1学期も奥尻町図書館の協力を頂き、200冊以上の本を教室に持ち込むことができました。本の種類もその時々の子どもの実態や学習内容に合わせて様々ですが、一応選書の際に心がけていることがあります。
それは、「教師が願いやテーマを持って本を借りること」と「サラリとでもいいからどの本も一度読んでから借りること」です。この二つを意識することで、本を話題にした教室でのコミュニケーションがぐっと深まります。

奥尻は離島ということで子ども達の活動や学びの場にも制約があります。
その弱みを補う方法の一つとして、読書指導の充実に継続して取り組んでいきたいと思います。

余談ですが、前任地の今金町は「読書と作文のまち」をスローガンに掲げ、町ぐるみの活動に取り組んでいます。
取り組みのまとめが町のHPに記載されているので、興味のある方はご覧下さい。
作文指導に関する情報もまとめられています。
http://www.town.imakane.lg.jp/modules/cont_edu/index.php/content0098.html


(山寺  潤)

2014年7月29日火曜日

BRUSH-UPセミナーin帯広 活動報告

1学期の学期末業務の忙しい中
16名というたくさんの方々に参加いただき
参加者・講師陣ともども学びを深めることができました。

①見直そう1学期
・学級を見直そう

札幌市立厚別通小学校の大野睦仁先生を講師に
フリップトークやフィッシュボーンなど活動を中心に 
みんな笑顔で交流しあうことができました。

<アンケートより>
・忙しく大変だった1学期。(異動したので本当に大変でした)夏休 
 みを心待ちにしていましたが,この夏休みに何をしなければなら  
 ないかはっきりしました。2学期に向けて1つ1つ振り返り,記録しておき,実践につなげます。

・みなさんとお話ししながら学級の問題点などがわかりすごくよかったです。ありがとうございました。勉強になりました。

・1学期をしっかりと振り返ってみようと思います。写真に撮っておいて整理しながら振り返るというのもとてもいいですね。

・うれしかったことやできなかったことを書き出す(1つにしぼって)ことによって自分の気にしていることや実はこういう価値観だったんだと気づかされながら,1学期を少し振り返ることができました。ぼんやりとしたことをハッキリさせる方法を教えていただきました。

・自分の中であれもできなかったなぁ,これもやりたかったなぁと思うところが多かった1学期  
 だったので,夏休み中に写真を見ながら振り返りたいと思います。どういった子どもたちになっ 
 てほしいのか,そのためにどうするのか具体的に考えながらやっていきます。

・話がとてもわかりやすかったです。チェックシートを使ってチェックするとがっくりすることばかりだったので「自分なりの振り返りの観点」とても参考になりました。夏休み中に振り返ってみます。

・自分なりの振り返りの視点やフィッシュボーンなどがとても参考になりました。


・授業を見直そう

札幌市立北白石中学校の堀裕嗣先生を講師に
「織物モデル」の考え方の解説や
「ジョハリの窓」を用いた活動から
お互いの意外な発見をしあうなど
終始和やかムードの講座でした。

<アンケートより>

・織物モデルの話とそれを授業に結び付けた内容が興味深かったです。「ジョハリの窓」の活用の方法を考えてみようと思います。

・子どもがざわつく時,細かく理由・原因を追求していませんでした。関係作りか圧するべきか見極める力がまだ自分には無いようです。研修します。

・「ジョハリの窓」では自分がどのような印象を持たれているか(初対面の方に)知れてよかったです。保護者と話をする時の参考になりました。授業を作っていく中で,子どもとの関係,子ども同士の関係を考えながら。

・授業を語るときには学級経営という根底に目を向けるべきと再認識できました。未知を発見するための学びの手段,何とか探っていきます。

・交流(話し合い)の時間が横糸を張り,学級の色作りに大切だということがわかりました。ありがとうございました。

②挑戦しよう2学期
・学習発表会
 

大野先生や札幌市立藻岩小学校の高橋裕章先生
鹿追町立鹿追小学校の西村弦先生を講師に
学習発表会の考え方や実際の取り組みについて
わかりやすくお話ししていただきました。

<アンケートより>・学習発表会の取り組みについてを絞ってのお話が聞けました。漠然と感じて 

 いたことが整理され,見通しを持って今年取り組んでいけます。音楽発表についても聞ければう
 れしかったです。

・学習発表会に向けて心の準備をするための準備ができたような気がします。3人の先生方の具体的な実際や大切にされている視点を教えていただき,勉強になりました。

・たくさんのキーワードから振り返りと今年のイメージがわいてきました。やはり計画や準備,そして教師のフットワークや情報が重要だと感じました。

・学習発表会どうやって子どもをもっていくのかやる気にさせるのかどんな題材でやるのか困ることがたくさんあります。今日は,具体的にどのように指導していくのかアイディアなどをいただいたので学校に行っていきたいです。演劇・コンサートなどいろいろ出かけてヒントを得ます。

・子どもたちに見える形で具体的に見通しを持たせることの大切さに気づけたし,方法も教えていただけたのがよかったです。

・文化祭
 

堀先生を講師にこれまで実際にこれまでに取り組んできた
実践を映像を交えてわかりやすくお話ししていただきました。

<アンケートより> ・中学校だからではなく,刺激的でした。自分たちの輝き方を考えさせることは 

 ジョハリの話につながると思いました。

・文化祭といえば合唱・劇・器楽といった今までやってきたことをどうやってこれからやっていくのかと考えていましたが,映像を使ったり,子どもたちからやりたいことを出させたりといろいろな演出の仕方があるのだなあと勉強になりました。子どもたちの表情が素敵でした。

・中学生が興味を持って取り組めるものばかりで見てびっくりしました。盛り上がっている様子がわかりました。全員の願いをかなえる様々な行動力がすごいと感じました。

・見せ方の素晴らしさに驚きました。今度の学習発表会で何かできないかと考え,わくわくします。

・演出の仕方がとても面白かったです。子どものやってみたいこと教師の本気度が伝わってくる映像でした。

・映像の迫力に圧倒され,そのコツや演劇の演出まで大満足の内容でした。

③1日の学びのまとめ

参加者の質問を講師の先生方が1つずつ答えていく形をとりました。途中,講師の先生方同士で質問しあうなど
参加している人全員で学びを深めることができました。

<アンケートより>
・ざっくばらんにお話が聞けてよかったです。自分では気づいていなかった質問も周りの人から出 
 て,またその答えも聞けて深まりました。

・先生方の色々な話を聞けて参考になりました。もっと聞きたかったです。

・率直な回答ありがとうございました。具体的な実践がお聞きでき,参考になりました。

・みなさんの経験話を聞けて勉強になりました。勘違いしていたところを修復できたのでよかったです。
 
★全体アンケートより

・午前で失礼したのですが,楽しそうな講座がいっぱいで聞いてみたかったです。

・理論的なお話から体験的(ワークショップ)なものまでいろいろな形で実践を紹介していただき,とても有意義な時間でした。また,他の先生方と日ごろの悩みなどさりげなく交流で来てよかったです。もっとたくさんの先生が参加されたらお互いにいいのにな~なんてそうも思いました。

・参加してよかったです。交流が多く,他の先生方の考えること,悩みも聞くことができ,参考になりました。「すごかった」で終わるのではなく,2学期からの生活に生かしていくようにします。

・少人数のアットホームな雰囲気がよかったです。ありがとうございました

2014年7月17日木曜日

急がば回れ

私は大、中、小の規模が異なる学校で勤務する機会を得ました。大規模→小規模→極小規模と経験し、現在は中規模校に勤務しています。
それぞれの規模の学校で一長一短があり、簡単にどれが一番良いかというのは決められません。お互いの一長一短をうまく組み合わせて何かできないかと考えたこともありました。(でも、そんなことがあったらとっくに先輩方が見つけてくださっているはずです)

小規模校で複式の指導をしていた時には、2つの学年を別々に指導するため、単純に教材研究や準備は2倍になります。かといって実際の効果は半分…なんてこともありました…。正直、なかなかうまくいかないもので慣れないものでした。さらに、複式で「わたり」と「ずらし」という直接指導と間接指導を組み込んで1時間の授業を作っていました。「間接指導」といって、片方の学年に教師がいて、もう片方の自分たちだけで進める教師がいない時の学習活動があります。その時に子どもだけでどのように学習を進めるかというのが、複式指導を経験して大きく考えさせられたことです。如何に時間を有効にするかといったところです。当時は、この子どもへの課題の与え方に関して、「単学年だったら、どれだけ授業の組み立てがスッキリするだろう」なんて考えたこともありました。

しかし、実際に単学年の指導になるとどうか…。大きい集団には大きい集団の特徴があり、「お客さんになる子を作らないぞ」と全員参加の授業を考えても、実際は最大公約数の授業…なんてことも。試行錯誤の日々。全員参加はさせたけど、全員が授業前と授業後で変わったか…考えさせられることは溜まる一方です。

極小規模校では、自分に先輩がいないという状況で、困った時には誰に聞いたらいいのだろう…と途方に暮れることもありましたが、今ではたくさん実践を積まれた先輩方がたくさんいます。TTに入ってくださるベテランの先生も子どもだけでなく、私にも色々とヒントをくれます。私は昨年度、転勤してきてその先生の学級を引き継ぎました。3年生で全員が聴写のできる子ども…正直驚きました。実践者に直接聞くとやはり毎日コツコツと積み重ねたことが実を結ぶとのこと。

どうやら、私は近道や特効薬なんていうのを探し、目先の楽することを考えていたようです。刹那的に物事を考えず、先を見通してじっくりいきたいものです。
(大西 陵公)

2014年7月13日日曜日

その子にあった伝え方

 給食中泣いている児童がいた。
 どうしたのかと近くに呼んで話を聞いてみると,
「今日の給食のパン,黒糖(こくとう)パンなのに,黒砂糖(くろざとう)パンだってみんなが言う。ぼくが黒糖パンって言っても信じてもらえない。」
ということだった。
 大人にしてみると笑い話のようなことだ。他の子たちにとっても,どうでもよいことである。
 でも,その子にとっては真剣そのもの。
 教室に掲示してあるこんだてを一緒に確かめてみると,確かに黒糖パンと書いてある。その子にしてみると,自分は正しいことを言っていて,周りの子は間違ったことを言っているという感覚である。ちょっとした言い方の違いなどどうでもよいことのようでも,その子にとっては,重大なことなのだ。ちょっとこだわりがつよいという性格も影響しているのかもしれない。
 そこで,まず話してみた。言い分をじっくり聞いて,諭すように。
 だが,なかなか納得しない。
「全然,わからない!絶対,黒糖パンだ!!」
と,怒っている。
 確かに「黒糖(こくとう)」「黒砂糖(くろざとう)」と耳から入る言葉だと,全くの別物だ。
 こんなとき,その子に預けてあるミニノートを持ってこさせる。
 三冊で100円のミニノートだ。
 ミニノートに,
「物には,いろいろな呼び方があるときがあります。だから,他の人と物の呼び方が違うときもあります。そういうときは,あ~,そういう呼び方もあるんだと思うと楽です。」
と,言いながら書いてあげた。
 そして,「黒糖」「黒砂糖」と漢字で書いて説明を加えた。
 すると,その子はすっかり納得し,何事もなかったかのようにグループに戻って給食を食べはじめた。
 ミニノートに書いた内容は,改善の必要がある。もっとよい書き方があったと思う。
 だが,話して聞かせるだけではなく,文字として書いてあげたことで,その子にとっては「黒糖」と「黒砂糖」がつながったのだ。
 さらに,物にはいろいろな呼び方があること,人によって呼び方が違うことがあることも理解したのだと思う。
 このように,ミニノートに書いて伝えるという方法は,特別支援の研修会で教えてもらった方法である。ノートに書くことで,後で見返すこともできる。そして,だんだんといろいろなことが蓄積されていくのだと。
 この子のミニノートには,特に失敗の受け止め方を書くようにしている。失敗した自分を過度に責めてしまう傾向が見られたからだ。
「チャレンジすることはよいことです。失敗した人ほど成長します。」
「失敗したなと思うだけで十分。つぎ気をつけようと思ったら,もっといい。気をつけて行動したら,さらにいい。」
「失敗は許し合う。失敗は成功のもと。まずは自分を許す。」
「失敗を自分でも許しているところがいい。」
などなど。
 また,クラスの友だちとトラブルになったときには,人物に吹き出しを描き,その吹き出しにその子の思いや相手の思いを書くようにもしている。書くことで,自分の思いだけではなく,相手の思いを感じ取れるようにしたり,どう対応すればよかったのかを伝えたりしている。
 書いてある内容は,まだまだ改善の余地がある。しかし,この子は,少しずつ失敗する自分を許せるようになってきている。そして,失敗をおそれるあまり,やらないことを選択するのではなく,失敗してもいいからやってみようとする傾向がみられるようになってきた。(そのときの気分にもよるのだが・・・。)
 この子は,音声言語で伝えられるよりも,文字言語で伝えてもらったほうがわかりやすいのだと思う。
 人それぞれわかりやすい伝えられ方があるのだ。
 これからも様々なことを,書き方を改善しながら伝え,その子の成長の手助けが少しでもできればと思っている。(三浦 将大)

2014年7月6日日曜日

学び方はさまざま


 先日、堀裕嗣氏と石川晋氏の「ふたり会in仙台」に参加しました。今回は各講座ともファシリテーショングラフィック(FG)の担当を複数名配置し、それぞれの視点で講座をレコーディングしました。仙台の方たちともお話することができ、FGの書き方の違いも見つけることができました。

 FGのこともさることながら、私が一番興味を持ったのは同年代の実践者である鈴木優太先生と尾形英亮先生です。お二人とは、昨年の授業づくりネットワークの夏の集会で初めてお会いしました。仙台から北海道に足を運ぶフットワーク、講師の先生方とのつながり方にエネルギーを感じ、「こんな人たちもいるのだなぁ」とただ傍観していたのですが(笑)、気がつけば堀先生の仙台での企画が立ち上がり、これまでの数々のセミナー開催にいたっています。

 お二人の活動を見ていくと、①自分たちで外に学びに行き②各地の講師の先生とつながり③自分たちのホームに来てもらう、という流れが見えてきます。SNSでのつながりもたくさん生まれる中で、ちゃんとつながりたい人に会いにいくことをしている人たちなのだなと思います。そしてそのつながりを地元でのセミナー開催という形で、活かしているのです。セミナーでは講師の先生からさらに深く学びながら、同じ地域で働く人とのつながりも生まれます。横のつながりの広さも、仙台でのセミナーで感じたことでした。多くのつながりから、さまざまな刺激を受けます。外で学ぶことには、日頃の教育活動の中では得られない価値があるのだと思います。

それに比べると、私の周りにある学び方はコアに感じられます。例えば、研究集団ことのはの例会が一つの例です。通称「虎の穴」とも言われます(笑)。決してそんなことはないのですが、中学校国語教師だけが集まることもあって、内容は日々の授業の交流になります。前回は、教科書教材の授業のノートを見合ったり、テストを交流したりしました。自分ひとりでは得られなかった学びがあります。人に見てもらうことで違った見え方が見えてきます。

でも、多くの先生がセミナーに参加したり、サークルに入って例会を開いたりするわけではありません。ではどのようにして自分たちの日頃の実践ができていくのでしょうか。それは、同僚からの学びが一番大きいのではないでしょうか。

先日、採用同期の先生方と食事に行った際に、同僚の先生の話になりました。話を聞いていくと、尊敬できる同僚の先生がいて、その仕事ぶりからさまざまなことを学んでいるとのことでした。特に、同じ職場の先生からは子どもたちとの付き合い方が実際の姿で学ぶことができます。先生の表情、声のトーン、言葉がけ、それに対する子どもたちの反応・・・細部まで知ることができます。それは外に広がる学びではないのだけれども、私たちの日常に最も色濃く反映する学びなのだと思います。

学び方は、私たちの周りに実にたくさんあります。その一つ一つの学びをどうやって自分の実践と結びつけていくかが課題なのだと思います。       (米田真琴)